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  • 一個前のブログで温度と人間の関係を少しだけ書きました。
    研究者のようなことは言えませんが、僕の持っているわずかな知識と経験からもう少し補足したいと思います。

     

    例えば温熱評価の指標としてPMVというものがあります。
    これは熱的中立に近い状態において大多数の人が感じる温冷感の平均値です。
    PMVの快適範囲にはある程度の幅があり、温度だけでは評価しません。
    気温、湿度、気流、熱放射、代謝量、着衣量などが評価の対象となります。

     

    例えば極端に言うと冬の室温28℃でダウンを着ていたら普通は暑いので不快なわけです。
    代謝量によっても変わりますので、20℃でちょうどいい人と寒いという人がいて当然です。

     

    つまり室温と言っても状態によって感じ方も変わっていくわけですね。
    快適な範囲は難しいです。
    何年か前に石戸谷教授という方が室内気候の緩やかな温度変化について語っていたことを思い出します。

    ピーエスのゲストハウスでも植物の生育環境には温度変化が必要で室内の植物のために

    強制的に冬でも外気を入れる試みがあったそうです。

     

    四季や昼夜があるということは気候の変化が必ずあるわけですし、その影響を受けないというのも無理な話です。
    自然環境は人間にとって豊かさをもたらす一方で、突如牙をむきます。

    IMG_3685

    個人的な思いですが冬は毎日氷点下、人の背丈より積もる雪。
    これは立派な災害ですよ。

    しかし人間は厳しい気候から身を守るために、体温を保つために暖かさを求めてきました。
    室温を一定に保つということはまずは毎年の災害を緩和するという概念を忘れてはいけません。

    その災害はヒートショックを引き起こし浴室内の事故を多発させます。生死に関わる問題です。

     

    なーんてネガティブなことをツラツラ書きましたが、実は厳しい気候も豊かさの裏返しと

    いうことを知識が増えるにつれて少しだけわかるようになってきました。

     

    冬の澄んだ空気は赤道直下では手に入らないでしょう。
    秋の紅葉も寒暖の差があってこそでしょうし、春の息吹は他には代えがたい清々しさがあります。
    何より北国の人なら「雪解け」という言葉が希望ですらあると思います。
    これはその土地に住んでみないとわからない感覚ですね。冬があるから春を待つ期待感があります(これから冬なのに)

    そうやって忍耐強い精神が身についているのかもしれません。

    山から流れこむ大量の雪解け水は瞬く間に平野に広がり、穀物地帯に豊かな農産物を育ててくれます。
    ハウスや倉庫が登場するまでは保存食や発酵の知恵で食文化を形成してきました。今ではそれらが海外にも

    認められています。

     

    話があっちこっちに行きましたが、建築的に無理くりまとめますと…
    北大名誉教授 荒谷先生の著書の一文を紹介します。
    「欠点対応型の技術」では豊かさを享受できず、「良さ発見型」の方が我々の歩みもまったく違うものになると。

     

    豊かさとは表裏一体なのかもしれませんね。